꒰๑ ᷄ω ᷅꒱

ゆめにっき時々ぽえま~

ゆめ 50

植物がたくさんある。

部屋にあるのはじぶんで買って育ててるやつ。室内で育ててからはなみずきは元気になった。お風呂にも植物がある。浴室庭園というらしい。もともとはコンクリート作り、足場はすのこ、浴槽の横にたくさんの植物。お風呂にあるとは思えない謎の球根の植物がレンガで囲われて出来た植え込みに生えていた。恋人に、浴室庭園ぽくない植物だと言われ、ネットで浴室庭園を検索してみたら、確かにそうだった。普通はリゾート系の植物や、湿度が好みの植物を植えるらしい。

私は浴室庭園を改造しようと思い掃除を始めた。浴槽と庭園はお湯をかけながらスライドしたらすぐ動いた。するとたくさんの種類の植物が見えないところに鉢植えのまま放置されていたことに気がついた。

カタバミワイルドストロベリーアメイジンググレイス等。ワイルドストロベリーは実をつけているが腐ってるし、カタバミはひょろながい茎を真上に伸ばしているが短く、葉もほとんどない。前の住人が置いていったのだろうか。浴室庭園に向いてない植物たちばかりだ。

私はとりあえず浴室の汚れをシャワーで流した。汚れはするする落ちた。そして、少しずつ植物を浴室の外へ持ち出すことにした。

まずはアメイジンググレイス。ストロベリーは腐ってるので持ち出すのに勇気がいるし、カタバミは増えるからとりあえず保留にした。なぞの球根はもはや畑に生えてるような状態なのでとりあえず放置することにした。

部屋に戻って、浴室庭園に合いそうな植物はないかと探した。

ゆめ 49

しまむらで買い物をする。フルーツ柄のワンピースを手にとる。レモンやオレンジやりんごが半分に切られたのが立体的に描かれている。紺とベージュ、白のものがあり、その中の紺のワンピースと、ボルドーのロングスカートとどちらがいいか悩んでた。きっずコーナーの鏡で合わせてたら、この時間のご利用はお止めくださいとアナウンスが流れたが、私は鏡に用事があるので大丈夫だろう。近くにいた店員も何も言ってこなかった。

服を合わせた写真をとってtkさんに送りつけた。どっちの方が似合う?と。eちゃんにも送ろうか迷って、今回はやめた。バックヤードに引き下がろうとした店員さんにもどっちが良いか聞いた。店員さんはそうねぇ~、ちょっと待ってねと言って忙しくバックヤードに入っていってしまった。少しの間の後戻ってきて、こっちね!と紺色のワンピースを選んだ。

私はようやく試着する気になり、きっずコーナーの試着室に入った。すると店の横開きのドアが楽しそうな笑い声と共に音をたてて開いた。幽霊たちがやってきたのだ。

幽霊たちの入店は店じまいの合図だ。店員はみんな店からいなくなってしまった。そしてなぜかtkさんも入ってきた。tkさんは優しい顔をしていた。背が少し伸びたようだ。店内のカウンター席に腰掛けると彼女は言った。「亜実がね、何年も生きてきて自分に合う服の色も形も分からないような人間と付き合うな、って」私は苦笑した。「相変わらずだなあ亜実ちゃんは……」お店のブラインドを閉めながら私は言った。彼女の妹の方は未だ私に敵意を向けているらしい。

私はお金がなかったが、紺のワンピースを購入した。凶悪な海賊の霊がブラインドの紐に縛られていたので、解いてあげた。そして、店の中で着替えようとした。服には見たことのない防犯タグが着いていた。何だろうと思って引っこ抜くと、赤いストップウォッチが現れ5分からカウントダウンが始まった。「爆弾キタンを抜いちゃった!どうしよう!」私は慌てた。すると一番強そうな海賊の霊が「お、俺が戻してやろう」と言った。

ストップウォッチの横のつまみを回して元のケースに戻す。時間は迫っている。私とtkさんは頭を抱えて床に伏せた。爆発したら周囲5mは吹っ飛ぶ。しかし「ほら」と言われて顔をあげると、爆弾キタンのカウントダウンは止まっていた。

翌日、私は出掛けた。フルーツ柄の紺のワンピースにle coqの白いシューズを合わせて。近所で焼きそばの屋台が出てるらしかった。

ゆめ 48

久しぶりのゆめ

 

 

自転車に乗りOの家に遊びに行く。
おんぼろ二階建ての一軒家。一回はおじいちゃんがケーキ屋さんを営んでいる。二回は尾花が住んでいる。6畳一間の畳張り。狭いが、下の階から聞こえるおじいちゃんと近所のおじいちゃんたちの会話に癒されるらしい。家の横の道路は若い芝生が生えひんやりと湿っている。

 

時計作りが盛んで時計が毎日打ち上がる。今夜は鍵型の時計だった。大きくて重そうな時計が夜空で光る。しかしそれはあっという間に沈む。どこに沈むんだろう、食べ物ででしてるから海にしずめても堆積することはないのか、と考えながら墜ちる時計を自転車で追いかける。気が付くと辺りは昼の明るさになっていた。

 

 

自転車に乗りながら会社のTさんは実はKという名字だったことがあることをふと思い出す。

 

 

 

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ゆめ 47

1、私は男で、女子高生二人に部屋を覗かれてる、何してんだよと声をかけると逃げるが、幽霊的な何かの力で屋内に入れず、パニックになっているので、私の部屋にいれてやる、ほかにもちらほら女子高生がいる。部屋の奥は学校?になっていて風呂に霊がいたようなたぶんいなかったような?感じで騒ぎは収まった、結局みんな無事だった。

私はなんだか疲れており、庭で草花を見ていると、セーラー服を着た女子高生がやってくる。私とは仲が良いらしいがどのような関係なのかわからない。私は膝立ちで女子高生に抱きつき、お腹に顔をうずめた。細くてやわらかかった。

 

 

2、彼氏と電車にのってる。中央線という電車に乗ってる。現実の中央線とは全く異なる。

幅のある車内で椅子は車両の半分にしかついておらず、車内中心を向く席と、4人がけの席がある。椅子はピンクで固くて平ら。彼氏が四人がけの席に先に座っていて、私は揺れる車内でバランスをとりながら彼氏のところに行き隣に座る。

彼氏がたくさんの泡を持っていて私はその泡を貰い掴む、幸せな気分で電車に運ばれていく

 

ゆめ46

見るのは2回目

 

なぜか大回りして大宮駅から行こうとしているのだが、時間がない。しかも構内がすごく広い。鈍行では間に合うかぎりぎりなので、新幹線を予約しに行く。予約台に向かう途中でクラッシュバンバーグとかいうハンバーガー屋さんがあり、コーラと、チーズバーガーを頼んで、後で取りに来る、と言い残し、新幹線の予約台へ向かう。ちなみにほかにはコンソメ味のバーガーとか、ジャガイモの千切りが挟まったバーガーとかがある。向き合うように円形に配置された新幹線の予約台で、おじいさんが予約できず困っている。ごめんよじいさん時間があれば教えてあげるんだけど、と思いながら自分の予約をする。なんだかんだじいさんにも途中まで教えてあげる。

時間がない!と新幹線へ急ぎ足で向かい、新幹線に乗る。尚ハンバーガーのことはすっかり忘れている。新幹線を降りると田舎路が広がっており、私はそこから会社へ歩いてゆく。

ぽえま~ 15

昨年の先月までぎりぎり付き合ってたヒモの元彼を思い出すことも減ってきたが、ヒモをヒモたるマダオにしてしまったのは私なのでないかと思う節が多々あり、そういう意味では引きずっている。その後付き合った独身貴族の35歳とは比較にならないほど引きずっている。

 

ヒモとは小学、中学の同級生だった。談笑はしても一緒に遊ぶような仲ではなかったし中学2年のとき誕生日おめでとうって言ったら「なんで俺の誕生日おぼえてんの、きも!😣」と返されてから私の中のあいつの評価はだだ下がりしたし、当時私の嫌いだった女の子に好意を寄せてることを知った時から「うーわもう近寄らんとこ…」と特に関わることもなくなっていった。

大学2年のある日、幼なじみから突然「ねえなんかヒモがお前と連絡とりたがってるんだけどLINE教えていい?」と連絡がきて、そこからヒモの恋愛相談に乗ったのがきっかけで、私たちは中学を卒業ぶりに再会し、その後付き合うに至った。

その時思い出したのだが、彼の家庭環境も私に負けず劣らずかなり酷かったのだ。中学の時めちゃくちゃにリスカをしていたり自殺しそうなほど思い詰めていて、私の幼なじみに助けてと泣きながら電話を掛けていたりした。そんな家庭環境で育ったからなのか、彼はとても一途だった。そしてそれは私もだった。お互い愛に飢えてたのだろうか、みたいな感じだった。そして彼は私の家庭環境などにもよく理解を示してくれていた。それだけで良かった。私の家と彼の家が敵対していることを知るまでは(昼ドラか?)。もともと親族が嫌いだった私はこれを機に完全に身内と縁を切ろうと思っていた。人間関係を親や祖父母に縛られるのが本当に嫌だった。だから家から通えない大学に入学して家を出たのに、結局あいつらに私の人生を壊される。そう思った。だからヒモにだけは特別に家の事情を話して今すぐ別れろと言われてることを打ち明けた。人前で泣けない私が号泣しながら話した。ヒモには心を許していたから泣けたんだと思う。ヒモは一緒に泣いてくれた。泣きながら一緒に幸せになろうと私を力いっぱい抱き締めた(昼ドラか?)。そしてそれから私たちは狂っていった。人間は欲を満たせば満たすほど貪欲になっていってしまう生き物なのだと思い知った。私はヒモがいれば何も要らないわ!状態になってしまい、友達を蔑ろにしはじめ、親族からの連絡を一切無視していた。でも親からは毎日長文が送られてくるし祖母からは直筆の長文手紙が届くしでどんどん精神が壊れていった。うつ病だった。ヒモと会うと気が緩んでわんわん泣きわめき、ヒモはもらい泣きし、私を抱き締めた。ヒモはとてもとても優しかった。私は初めて居場所を見つけたような気さえしてた。泣いてもいいと思えたのは初めてだった。もちろんずっと泣いてる訳じゃなかったから、楽しいこともした。朝日が昇る前にコンビニでめちゃくちゃ食べ物を買ったりして、夜通しゲラゲラ笑いながら二人で食べて、寝て、起きて、笑って、泣いて、ヒモが帰り、泣いた。付き合ってからはそんなことが多くなった。でもたぶん、どんどんヒモも疲れていってしまったんだろう。ヒモは泣かなくなったし、私が泣いててもほうっておいた。構われないと私はもっと泣いた。私は、別れたほうがいいんじゃないかと思い始めていた。私が卒業後東京へ出るというと、じゃあ俺が先に引っ越すから一緒に住もうと言ってくれた。最初は嬉しかった。でも次第にヒモが出会い系アプリを入れていることが発覚したり、お互いに冷めはじめていることがわかってきた。だから同棲すると決めたことも後悔していた。やめたかった。引っ越しの準備をしていても、どんどん気が重くなるだけだった。でも思い出と、親族と縁を切れるチャンスだという期待で、私はもう引き返せなくなっていた。突然仕事をやめて東京に引っ越したヒモはあっという間にダメ人間になっていった。金を稼ぎにパチンコに行き、カードや雑貨を転売していた。アルバイトも長く続かず、部屋に行くとゴミとほこりと転売商品でいっぱいだった。家賃8万の新築の部屋のあちこちに生活の死骸が転がっていた。一緒に暮らし始め、私が仕事に行き始めると、ヒモはどんどん何もしなくなった。朝起きてお弁当を作り会社に行き、帰ってきて家事をする私に目もくれず、派遣をクビになってからは朝から晩までゲーム漬け、夜はゲームの友達と長電話で私は眠れなくなり、最悪の社会人のスタートを切ってしまったと思った。働きはじめの私は貯蓄もなく、あちこちで借金しながら家賃を払い、生活を工面した。お互いうまくいってなかった。別れたくて仕方がなかった。でも別れを切り出すとヒモは泣いて謝り、本当は仲良くしたいんだと言った。私もそうだった。昔みたいに楽しく二人で笑いたいと思っていた。だから頑張ろうねと何度も約束した。でもできなかった。お互い思い出と情にがんじがらめにされていた。別れ話が円満に進みそうだったこともあった。一度離れてお互いリセットしよう、一年後また会ったら、うまく行くかもしれないね、なんて話して笑いあった。でも結局同棲生活は長くは続かず、私は飛び出してしまった。最後のお別れの日、お互い少しだけ泣いた。別れたことを後悔はしなかった。でも日が経つにつれ、恩を返せなかったことをとても悲しく思った。同時に、ヒモをあそこまでのマダオにしてしまった自分を激しく情けなく思った。ヒモは私の感情の波に揉まれた結果生まれてしまった悲しきモンスターだ(???)

 

ちょっと何が言いたいのか分かんなくなってきたんですけど、私はあの過ちを二度と繰り返したくない。大好きな人の今を愛せないのならば、その関係性は終わったに等しい。朝が来る度好きだと思えなければ、意味がない。人は変えられない。好きだったあの人を取り戻そうとしても、過去には戻れない。誰もかれも自分も、前にしか進めない。良くも悪くも私たちはアップデートしかできない。アップデートしないと人間はどこまでも腐っていく。だから腐らないよう、常に最善の関係を今の彼と築いて行きたいし、もしも腐りそうになってしまったら、その前に自分の両腕を切り落とす覚悟も出来ている。だから私は今日も一人で夜な夜な泣く。そうしないと、甘えるのが下手で加減がわからない私は、どこまでも人にも自分にも甘えてしまうから。私はまた優しい誰かを腐らせてしまうかもしれないから。寂しいけど、甘えたいけど、あの日と同じ後悔をしたくないから、一人で泣くのだ。それしか方法が見つからないのだ。

 

ゆめ 45

お昼寝していたら、夢で見るのは二度目のお家にいた。家の貸し主は足が悪いが運転激ウマの年寄りばあちゃんで、この前まではブルーの外車に乗って急な坂にバック駐車していたのに、今日は小さい軽自動車に乗ってやはりバック駐車していた。相変わらず裁縫道具を持っていた。家も去ることながら私は家の真横の急な坂が好きだ。二段になっていて、土は畑の土みたいにふかふかで足が埋まる。

上の固いところまで登ってすわり、景色を見るのが好きだ。前回は一人だったが、今回は見知らぬ女の子3人も座ってた。全部私が借りてる土地だと思ってたのだが違うらしかった。今回は坂の下の方と向かい側の草ボーボーだった場所を工事していた。坂には木が植えられるようだ。道は少しだけ開かれ、畦道を作っているようだった。突然桜が咲いて、散った。花びらがたくさん落ち、きれいだった。写真をとった。夕暮れのオレンジもきれいだった。夜中に親戚のおじさん二人と弟がやってきた。おじさん一人は「夜中に突然起こされた」といい、ひどいくまができていた。みんな私の手料理を食べていた。翌日母親も来て何かして、みんな帰った。弟と母にはかえってほしくなく、さびしさをまぎらわすため見送りした後全力で自宅に戻った。